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薬剤師の薬学知識とコミュニケーション力 もっとよい形で活用できないか
関口詩乃(せきぐち・しの) プロフィール
静岡県出身。1997年、北海道大学薬学部卒。同年、医薬品の卸会社に入社し、医薬品情報(DI)室に配属。医療従事者に対する薬相談の担当に。2000年に上京し、製薬企業の学術部門に転職する。2002年結婚。同社の副作用部門へ異動。2006年にうつ病を発症。その後、3つめの大手製薬会社へ転職。2013年、退職。
これまで主に、医療従事者を対象とした医薬品の相談窓口や研修講師などを務めてきた経験の中で、人とのコミュニケーションを軸にしたキャリアが形成される。
2007年、2つめの会社で、業務の一環としてコーチングに出合う。製薬会社での仕事と並行して、コーチングの受講を始め、2010年よりプロコーチとなる。
コーチとして、ICF Associate Certified Coach (ACC)、(NPO)日本コーチ協会認定メディカルコーチなど、多数の認定資格を持つ。
現在は、フリーランス。薬剤師としての知識を活用しつつ、コーチとして活動。
※ オフィシャルサイト「さんぽうよし」、Twitterアカウントは@3poyoshi_jp
薬が、仕事として関わるものから、好きなものに変わった瞬間
薬学部は、むしろ消去法で選んだ進路でした。
高校生だった私が考えた、化学が学べる中でいわば”食いっぱぐれない仕事”につける学部が薬剤師。卒業後は、薬の卸の会社に就職しました。
それほど薬剤師への憧れがあったわけでもないので、「免許を取ったはいいけれど、この仕事は3年間で終わりにして教員になろう」というような、非常にネガティブな意識で働いていましたね。
なので、社会人になってから教員採用試験を受けてみたり、迷走した時期もありました。
それが大きく変わったのが、就職して3年めごろです。
当時いた会社が合併によって新会社になり、「研修」という名目で、北海道大学病院に行くチャンスがめぐってきました。薬のデータベースを作る仕事に携わることになったんです。
そこで出会ったのが、薬品情報を昔から研究されている小林道也先生(現・北海道医療大学薬学部教授)です。
先生といろいろお話する中で、調剤をしない薬剤師の職業的価値というか、薬剤師の仕事にはもっと広がりがあることに気づかされたんですね。
「気になることは、専門家として、とことん調べなさい」というタイプの、そのための時間をたくさん遣わせてくださる先生でした。
北大病院には他にもたくさん個性的な先生方がいらっしゃって、私の視野狭窄(しやきょうさく)が取り払われるきっかけになりました。
調剤だけが仕事ではないことや、その先に患者さんがいる、助かる人がいるという視点を持てるようになった。それで、もう少しこの業界にいないと後悔するなと思ったんです。
私が働き始めた97年より少し前、90代後半から、薬品情報が「医薬品情報学」という学問として見なされるようになってきたことも大きいです。
モノと情報とを合わせて「薬」なのだという考え方が始まった、そうした時代の流れもあって、私も、薬に対しての興味が増しました。
いまではすっかり薬オタクなんです(笑)
うつに抗い、がむしゃらに働くことが支えだった
実は、医療不信に陥っていたことがあります。
初めての妊娠で異常が見つかり、子どもをあきらめました。自分がずっと学び接してきた薬や医療の情報は、その問題に対してあまりに無力でした。
また、担当医とのやりとりから傷つくこともあり、うつ状態に陥りました。いまとなっては、しかたのないことだったとも思えるんですが、そのときは本当に落ち込んでしまって…。
休職する手もあったんでしょうが、ちょうど私が関わっていた医薬品の再審査・業許可更新査察のタイミングだったんですね。
状況的に休みにくく、私自身もうつとはいえ、落ち込んだ要因は仕事ではなかったわけですから、休まない方がいいだろうと判断したんです。
そのころは、働くことにしかアイデンティティーを見い出せなくなっていたので、抗うつ剤を飲みつつ、前にも増してがむしゃらに働いていました。
医師から見れば、あまりにも荒療治でしょうけれど、働くことでしか戦う術(すべ)がなかったという気持ちです。
やがて、最初に就職した会社に続き、2つめの会社も吸収合併されることになったのですが、私は実績を買ってもらえ、別の大手製薬会社に入ることができました。
その職場では、自分の病気のことも打ち明けてありました。オフィスなども以前より格段にいい就労環境でしたし、これならあまり負担なく働けるという期待がありました。
ところが、体調が戻らないどころか、むしろ仕事が苦しくなっていったんですね。
私が担当していたのは、パソコンに向かい、薬の副作用のデータばかりを見る仕事。
仕事の細分化、分業化が進んでいる大手企業に移ったことで、逆に業務の幅が狭くなったのが原因のようでした。
夫にも仕事が合っていないのかもしれないよと指摘され、産業医の先生にも相談してみましたが、部署異動は叶わず。
そのときにやっと、薬漬けで正社員にしがみついても苦しいだけだ、会社を辞めたら薬も止められるなと考えることができたんです。
ただ、この会社には感謝しています。この会社の産業医に相談したおかげで、「特発性過眠症」のことがわかったのですから。
実は、自分は一社会人として、常にコンプレックスがありました。というのも、遅刻したり会議中に寝てしまったり、社会生活に支障を来たすレベルの失敗を、よくしていたからです。
それをずっとうつのせいだと思っていたんですが、産業医との面談がきっかけとなり、2012年に「特発性過眠症」という診断を受けたんです。
特発性過眠症は原因不明の過眠症のひとつで、耐えがたい日中の眠気や、極度の長時間睡眠などの症状があります。
この病気の事を伝えても「よく眠れていいですね」などと言われてしまうのですが、簡単に言うと、起きていなければならないときに起きていられなかったり、活動時間が普通の人の半分以下になってしまう病気です。
専門医も少なく、治療法も確立していません。
また、この病気の二次障害にうつがあります。ナルコレプシーや睡眠時無呼吸症候群と比べて認知度も低いので、どうしても周りからは「あいつは怠けている」と見られるんです。
私自身、その診断を受けるまでは、自分はがんばっても人と同じことができないのだと、低い自己イメージしか持てませんでした。
普通の会社員なら相当に苦労すると思うのですが、私の場合は専門職ということもあり、幸いに職場の許容度も高くて、なんとかやってこれたんです。
この病気についての診断はまだ過渡期で、今後変わっていく可能性もあるのですが、病名がわかったことで、自分のこれまでのたくさんの過ちはやむを得ない部分もあったのだと、霧が晴れるような思いがしました。
救いになった、コーチングとの出合い
そんな私をずっと支えていてくれたのがコーチングでした。
コーチングとの出合いは2007年。会社の研修がきっかけでした。
当時はうつ状態に入っていて、とても何かを学べるような気分ではなかったんですが、その会社では病気を秘密にしていたので断ることができなかったんですね。
しぶしぶ受講したわけですが、いま思えばそれが光明でした。コーチングのノウハウは、人づきあいがつらかった当時の私にとって、人間関係に役立つ武器だったんです。
たとえば、コーチングには、人と話すときの距離や対応などに、ある種の型というかスキルを使うことがあります。
それまでの私は、人とまじめにぶつかっては傷つく、体当たり式の人間関係しかできませんでした。
けれど、スキルを身につけることで人為的に人づきあいをコントロールでき、もっと人と気楽につき合えるならいい方法かも、と思ったんです。
しかも、この研修の際に、アシスタントをしていたコーチから「本格的に学んでプロのコーチになったら?」と誘われたんですね。その気になりました。
水も合っていたのかもしれません。養成プログラムを受講し、2010年から少しずつコーチの仕事も始めました。
日本ではコーチングは誤解されている部分もあって、ひたすら前向きな思考にするようなイメージもあるかもしれません。
なので、私のような性格とは相容れないように思われてしまうんですが、本当は、人間関係でつまずいたり人生で挫折を味わったりしたときなど、何らかの「変化」を必要とする人にこそフィットするスキルであり、生きにくさを打破するツールでもあると思います。
語弊があるかもしれませんが、コミュニケーションに困ったことのない人はコーチングを必要としないというか、コーチングに注目しません。
コーチングに限らず、人は、不足していない・満たされているものを求めようとはしないからです。
だから逆に根っからポジティブでアサーティブな性格のコーチってあまり見たことがないです(笑)
最近は、私が薬剤師でもあると知った、同業者であるコーチや、コーチングセミナー参加者から、医療や薬に関する相談を受けることが多くなってきました。
医療従事者が患者さまとのコミュニケーションに目を向けるようになってきたという社会的な変化を感じますし、初めて、医療従事者以外の人に医薬品情報を伝える経験をして、何をどう伝えるべきかというニーズも感じるようになってきました。
私自身はもともと、薬学知識とコミュニケーションがあまりかけ離れていると考えていなかったんですが、最近は一般の感覚でも、両者が近づいてきたように思えます。
実際、薬剤師の仕事を考えても、患者さまにその薬を理解してもらい、安心して服用してもらうためには、コミュニケーション力は不可欠なはず。
私自身、その2つをもっといい形で活用できないかと日々模索しているところです。
ファーマシストライフ編集部 (取材・文/三浦天紗子)
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