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第10回 生活に根差したこれからの薬剤師の仕事

シリーズ最終回は、これからの薬剤師の在り方について。病院や薬局など医療現場以外にも薬剤師が活躍できる場、活躍すべき場は実に多い。

――昔から医食同源と言われるように、私も子育てを通じ「食」の重要性を実感しています。ただ、食べ物と薬剤師というのが、どうも結びつかないのですが。

杉林:食は生きていく上でもっとも重要です。ですので、食べ物をもっと科学的視点、薬学的視点から見て、アドバイスをしていかなければダメだと思います。食べ過ぎは万病の元ですから、まず食べ物は“毒”なんだという発想が必要です。糖尿病も高血圧も高脂血症も、食べ過ぎによるところが大きいですから。

――生活習慣病ですから、まさに食習慣ということですね?

杉林:そのとおりです。酒もタバコも同様です。広い意味の薬学で「薬科学」と呼んでいますが、そういう観点で薬剤師も仕事をしていかなければなりません。ですので、これからの薬剤師が担う仕事は、病気の予防と健康促進業務が大きなウエイトを占めていくと思いますし、そうであってほしいです。

――それは病院や薬局の薬剤師以外にも当てはまりますか?

杉林:僕としては学校薬剤師に特に期待したいですね。やはり小学生時代にきちんと伝えておくべきですし、中学、高校でもその年齢に応じて伝えておくべきテーマがありますから。また、子どもたちの親御さんに伝えることも大切な業務になるでしょうね。

――でも、食べ物のことなら薬剤師よりも管理栄養士が担当すべきなのでは?

杉林:管理栄養士という職業は、どちらかと言えば家政系の学科です。しかし、健康を守るとなれば検査値が読めなければいけません。薬との相互作用や食べ物との相互作用もありますし、考え方としては「食べ物も薬も同じ」という発想ですね。

――先生が薬学部長を務める城西大学では、日本で初めて管理栄養士養成課程を薬学部内に設置されたとか。

杉林:従来は家政系、農学系教育機関に設置されていましたが、当校では薬学部内に設置し、管理栄養士でありながら薬理・薬物治療の基本的科目も必修となっています。ですので、「医療」「生活」「食」の各分野でバランスよく学ぶことができるわけです。

――なるほど。これからの管理栄養士が「薬」の知識をプラスするのと同じく、これからの薬剤師はもっと生活に根差した予防医学・健康促進につながる働きかけをしていくということですね。

杉林:生活の中に根差すというのは、食べ物だけではありませんから。例えば殺虫剤のことを考えてみると、シューっとスプレーしたすぐ近くに赤ちゃんがいる場合もあります。大人は150センチぐらいのところで息をしていますが、赤ん坊は床から1メートルぐらいのところで息をしているわけです。殺虫剤に使われている液体は、ケロシンという灯油です。大人がシューとひと押しした灯油が、上から下に落下していくわけです。赤ん坊だけではありません。暖かくなると部屋では裸足で過ごす方も多くなりますが、床に落ちた殺虫剤の成分は足の裏から経皮吸収されてしまいます。

――・・・怖いですね。夏は蚊取り線香や蚊取りマットを使っているご家庭が多いですから。赤ん坊が寝ている部屋を想像するとゾッとします。寝ている間に蚊に刺されたら可哀想だという親心が、かえって子どもに影響を与えていたということですよね。

杉林:シックハウス症候群もそうです。ある方が新築の家に引っ越してから急にお子さんがアトピーになってしまったと悩んでいて、よくよく話を聞いてみれば、実はアトピーではなく新建材から出てくるフタル酸の化合物が原因だったという事例もあります。

――そういったことも薬剤師の役目というわけですね?

杉林:化学物質の安全性を守るのが薬学ですから。そういう点では、やはり母親の視点が入ると全然違ってくるでしょうね。だから、僕としては女性の薬剤師にもっともっと活躍してほしいと願っています。

私たちが普段の生活で接する化学物質は多種多様。しかも、殺虫剤、合成洗剤、化粧品、塗料など、ほとんどのものが何らかの化学物質ででき、日々これらの化学物質を吸収している。そして、その量がその人の許容量を超えると突然発症し、今度はごく微量でも過敏に反応するようになる。食べ物の中にも防腐剤や香料、着色料など化学物質が使用されている。しかし、現実的に考えれば、近代文明の中で化学物質を一切排除することは無理だろう。だからこそ、これからの薬剤師が担うべき役割は大きい。

「薬のスペシャリストである薬剤師たちが、医療の世界だけに留まるのではなく、出版社や保険会社、公務員などあらゆる業界で活躍してくれるのを期待しています」と言葉を結んだ杉林博士。

そのためには、薬の専門知識やホスピタリティだけでなく、健康全般に関するアドバイザーとして、コミュニケーション能力や相手の表情やしぐさから察知する“気づき”の能力も必要になるだろう。ハードルは高いが、そのハードルを超えることで得られるものは大きい。

杉林博士以外にも、薬剤師の現状を危惧すると同時に、薬剤師の将来に希望を頂く有識者は多く、その動きは日増しに高まりつつある。日本でも薬剤師たちが胸をはって活躍できる時代が来るのは、予想以上に早いのかも知れない。

[ 取材・文: 川端真弓(ライター) ]

杉林堅次(すぎばやしけんじ)
薬学博士/城西大学薬学部長/公益社団法人日本薬剤学会長。1951年滋賀県生まれ。’74年富山大学薬学部卒、’76年同大学院薬学研究科修了。 同年、城西大学薬学部助手。講師、助教授を経て’98年教授。 この間、’82,’83年ミシガン 大学、ユタ大学留学。日本香粧品学会および日本動物実験代替法学会理事、日本香粧品学会誌編集委員長。 2英文誌のeditorial board。著書「化粧品・医薬品の経皮吸収」監訳(フレグランスジャーナル社)、「化粧品科学ガイド」(フレグランスジャーナル社)、次世代経皮吸収型製剤の開発と応用(シーエムシー出版)、「生物薬剤学」(エルゼビア)他。
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都内の調剤薬局に勤務中。

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